私は、もともと広告代理店に勤務していた。その後、結婚出産を機に約7年間、ほぼ年子の子どもを3人育てており、マミートラックも経験している。
同職種に復帰しようとした際、業界はツールも手法も常識も、ほぼすべてが入れ替わっていた。今から約10年前の話である。
当時、郊外に住みながら子育てをし、専門職として働くにあたって、フルリモートという選択肢は一般的ではなかった。子育てを続けながら自分の得意分野で仕事を成立させるには、フリーランスになる以外に現実的な選択肢がなかった、というのが実情である。
フリーランスになってから1か月後、子どもが急性リンパ性小児白血病を発症した。そこから約1年に及ぶ入院生活が始まり、私は付き添いとして病院で生活することになる。
その過程で、病気や障がいのある子どもと家族が直面している多くの課題に触れた。同時に、これらは個人の努力や善意だけで解決される問題ではない、という確信も強まっていった。
そこで私は、それらの課題を事業としてどのように扱えるか、どのように構造的にハックできるかを考え始めた。それが「チャーミングケア」である。
チャーミングケアは社会的意義を持つ事業ではあるが、最初から「社会貢献」を主語に置いていたわけではない。自分自身が当事者であったからこそ、いきなり「支援される側」という立場に回収されることに強い違和感があった。
支援する/支援されるという二項対立だけで語られるのではなく、もっと多様な選択肢があってよい。そのためには、感情論ではなく、事業として成立させる必要があると考えた。
この違和感は、事業を進める中で「感覚」だけでは足りないと自覚するきっかけにもなった。そこで私は、社会福祉という、これまで自分が正面から学んできていなかった分野について、大学で学び直すという選択をしている。
結果として、チャーミングケアの事業経験は、もともと持っていた広報・PRのスキルに別の厚みを与えることになった。それは、露出を取るための技術ではなく、判断の設計としての広報である。
※ここまでが、私自身の来歴と実体験に基づく前提共有です。
ここから先のブログは、それらの経験を通じて整理し、広報・PRをどう捉えているかを説明しています

